自由電子ガス

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金属という言葉は定義が難しい。一般的な中学理科の教科書によれば、金属とは、「電気を通す物質」「展性や延性に優れた物質」「特徴的な光沢(金属光沢)のある物質」だという。

しかしこれは金属の一般的な特徴を百科事典的に述べたものであり、これを金属の定義だとするにはやや曖昧であると言えよう。

物理学的にはどう定義づけるか。これも学者間で諸説あるためここで明言できるものではないが、少なくとも固体物理専門の人間の多くは、「バンド理論において、フェルミ準位がエネルギーバンドを横切る物質」と表現するだろう。バンド理論についてはこちらを参照していただきたいが、要するにこの理由で自由電子が存在する物質が金属ということである。

本講座は自由電子に焦点を当て、その振る舞いを記述することで、金属の物性を説明してみるという試みである。

1個の自由電子系

本節では自由電子が一つだけ存在するような空間を考える。いやしかし金属の物性を考察する上で一見すればあまりに空想的な物理モデルであるこの1個(ないしは後述のN個)の自由電子系を考える必要があるのか。この問い自体の回答は本講座にはない。ほとんど自由な電子近似の講座を併せて考えてもらいたい。

さて自由電子とは、外場からのポテンシャルを受けずにその名の通り自由に振る舞う電子のことである。一体電子のハミルトニアンは一般に

=𝐩22m+V(𝐫)

と表されるが、自由電子の場合にはポテンシャルがないためV(𝐫)=0である。ただしmは電子の質量、𝐫,𝐩はそれぞれ電子の位置および運動量のベクトルである。

電子の波動関数Φ(𝐫,t)はシュレーディンガー方程式

iΦ(𝐫,t)t=Φ(𝐫,t)

によって記述される。この解は、ハミルトニアンの固有値方程式

ϕ(𝐫)=22m2ϕ(𝐫)=ε𝐤ϕ(𝐫)

を解くことで

ϕ(𝐫)=Aexp(i𝐤𝐫)

ε𝐤=2𝐤22m

となる。ϕ(𝐫)は平面波の様子であり、ε𝐤はこの系の基底状態(温度T=0)のエネルギーである。ただし、Aは規格化のための定数、𝐤は平面波の波数ベクトルである。

ここで注意すべきは、この平面波のモデルは空間が無限であることを想定しているという点である。すなわちここまでの議論において𝐫の境界条件が設定されていない。これでは固体物理を扱っていることにならない。

そこで、ここでは周期境界条件を導入し、系の大きさに制限を持たせる。その上で系の境界ではなく内部について考察しよう。

周期境界条件とは、系の「始端」と「終端」(この2つは便宜上用いるもので一般的な物理用語ではない)での状態、すなわち波動関数の値が等しいと仮定する境界条件である。例えば、xyz座標系において長さLの立方体の物理系を考えるとき、系内部に存在する波動関数Φ(x,y,z)の値について

Φ(0,y,z)=Φ(L,y,z)

Φ(x,0,z)=Φ(x,L,z)

Φ(x,y,0)=Φ(x,y,L)

が成り立つような条件である。この周期境界条件は系の大きさLが十分大きければ現実の物理をよく記述できることが知られている。

波数空間上に等間隔で並んだ格子点群。視認性のためにZ軸方向から見た2次元平面のみを描いている。

上の例の仮定を自由電子系に適用してみる。先ほどの固有値方程式の解ϕは規格化条件

0Ldx0Ldy0Ldz|ϕ(𝐫)|2=1

を満たさねばならないことから、規格化定数A=1L3/2と計算できる。

また、この波動関数が周期境界条件を満たすためには

exp(ikxL)=exp(ikyL)=exp(ikzL)=1

である必要があり、これを満足する𝐤=(kx,ky,kz)

ki=2πLni      (ni;i=x,y,z)

に限られる。これは波数空間上では2πLで等方的に等間隔に並んだ格子点で表現される。

N個の自由電子系

複数の電子を考える際にはパウリの排他原理を考慮せねばならない。この原理は「2個の電子が同じ量子軌道を占有することを許さない」というものである。電子のようにこの原理に従う粒子をフェルミ粒子と呼ぶことがある。

具体的には、系が基底状態であれば、各状態にはエネルギーの低いほうから順にアップスピンとダウンスピンの電子が一つずつ詰められ、同じ向きのスピンが同じ状態を占有することはない。

以下、N個の自由電子系の基底状態を考える。

この系の基底状態のエネルギーE0を求めるにはN個分のε𝐤を合計してやればよい:

E0=2nx,ny,nzk<kFε𝐤

因子2は、上下のスピンがそれぞれ同数あることによる。k=kFフェルミ波数といい、この波数に対応するエネルギーをフェルミエネルギーという。フェルミエネルギーはεF=22mkF2で表される。

フェルミ波数とは、系が基底状態にあるためにすべての電子が波数空間上で最低に落ち込む際、それらの中でも最大となる波数のことである。同様にフェルミエネルギーとは、基底状態でエネルギーの低い順に電子が詰め込まれた際の最大のエネルギーのことである。

k<kFは、波数空間において原点からの距離k=kx2+ky2+kz2kFまでの領域の格子点の合計であるので、これを計算するためには、フェルミ波数kFを求める必要がある。それは、電子の総数と波数空間上で電子が占有する格子点の数が一致するという条件から

N=2nx,ny,nzk<kF1

と立式することで求められる。ここで、Lが十分に大きく、格子点同士が密である場合(すなわち2π/L<<1)を考えることで、和を積分に置き換える:

nx,ny,nzk<kFdnxdnydnz=2πLdkx2πLdky2πLdkz

これによって式を書き直すと

N=2(2πL)3dkxdkydkzθ(kFki)

となる。ここでθ(x)は階段関数(x>0のとき1x<0のとき0となる関数)である。つまり、半径kFの波数空間上の球の体積が電子の総数Nに等しいということである。

球の体積を求めるためには、極座標系に変換すれば簡単である。

N=2(2πL)34π0kFk2dk=L3kF33π2

この導出過程は各自で計算してみよ。kx,ky,kz,kはそれぞれ"一般的な"極座標系の変換におけるx,y,z,rに相当すると考えればよい。ここから、フェルミ波数は

kF=(3π2NL3)1/3

と求めることができた。フェルミ波数は電子の密度L3/Nだけで決まるというのは、波数空間上での格子点の密度で球の半径が変わることからもイメージできるだろう。

これと同様に、Eについても、和を積分に変換して計算すれば

E0=2(2πL)34π0kFk2dk2k22m=L3π222mkF55

1電子あたりの基底エネルギーは

E0N=35εF

である。

さきほども述べたように、T=0(基底状態)の自由電子系では電子がεF以下のすべてを占めている。これは波数空間上では半径kFの球表面を境界とし、その内部の格子点が占められていることを意味する。この球表面をフェルミ面という。フェルミ面が存在することは、電子がフェルミ粒子であることを反映している。ちなみに、一般に金属(の伝導電子)のもつフェルミ面は理想的な球面ではない。

有限温度での状態

これまでは、絶対零度T=0についての自由電子系について述べてきた。これは、Topic:統計力学で説明するフェルミ分布関数

f(ε)=1expβ(εμ)+1

1(すなわちε=μ)の場合に相当している。

フェルミ分布関数。極低温域(Ek>>kBT)では図中青色のようにEk=μのときに分布が急落する。

しかしながら現実世界の金属を記述する固体物理学では当然T>0を考えるべきであり、その場合にはエネルギーEと電子数Nを求める式は

E=2nx,ny,nzε𝐤f(ε𝐤)=2(L2π)3dkxdkydkzε𝐤f(ε𝐤)

N=2nx,ny,nzf(ε𝐤)=2(L2π)3dkxdkydkzf(ε𝐤)

となる。ここで、電子の状態密度(これも詳しくはTopic:統計力学で扱う)

D(ε)=(L2π)3dkxdkydkzδ(εε𝐤)

を用いることで

E=2dεD(ε)εf(ε)

N=2dεD(ε)f(ε)

と表される[注 1]。この2式からE=Nεとなり、前項の最初で述べた「基底状態のエネルギーE0を求めるにはN個分のε𝐤を合計してやればよい」という説明の妥当性が理解できるだろう。

このEおよびNの表式は自由電子に限らず一般に成り立つ関係である。

これ以降、系が十分低温(kBT<<εF)のときを考える。ちなみにkBボルツマン定数であり、kBTは分子が持つエネルギーの大きさである。いわば、自然界のエネルギーの単位と考えてよいだろう[注 2]

%執筆途中です(Yamaextra)

注釈

  1. D(ε)dε=(L2π)3 dkxdkydkzδ(εε𝐤)と考えよ。
  2. 感覚的な記述である。